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高松地方裁判所 平成8年(ワ)136号 判決

主文

一  原告木下正信が、被告の従業員たる地位にあることを確認する。

二  被告は、原告木下正信に対し、平成七年八月二〇日から本判決確定の日まで毎月二七日限り月二〇万二〇〇三円の割合による金員を支払え。

三  原告木下正信の訴えのうち、本判決確定の日の翌日から平成二六年四月一日まで毎月二〇万二〇〇三円の割合による金員請求にかかる部分を却下する。

四  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用中、原告木下正信と被告との間に生じた分はこれを一〇分して、その一を同原告の負担とし、その余を被告の負担とし、原告全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部と被告との間に生じた分は同原告の負担とする。

六  この判決第二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  主文第一項同旨

二  被告は、原告木下正信に対し、平成七年八月二〇日から平成二六年四月一日まで毎月二七日限り月二〇万二〇〇三円の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告らに対し、それぞれ一〇〇万円及びこれに対する平成七年一一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、(一)原告木下正信(以下「原告木下」という。)が、被告に対し、被告の同原告に対する解雇の意思表示(以下「本件解雇」という。)は、①整理解雇の要件を欠き解雇権の濫用ないし信義則違反に該当し、また、②原告木下の組合活動を理由とする不当労働行為であるので無効であるとして、従業員たる地位の確認及び本件解雇の日から定年退職する日までの賃金の支払を求めるとともに、(二)原告らが、被告に対し、原告全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部(以下「原告組合」という。)高松重機分会(以下「分会」という。)の分会長であった原告木下に対する本件解雇及びこれに先立つ分会所属の組合員に対する組合脱退工作につき、原告組合に対する不当労働行為であるとして、不法行為に基づく損害賠償金(慰謝料)各一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  前提となる事実(証拠番号の記載のない事実は当事者間に争いがない。)

1  当事者

(一) 被告は、建設荷役機械製造を主たる業務とする株式会社である。後述の本件黒字転換計画案が発表された平成七年六月一六日当時の被告の従業員は合計四八名(正社員三〇名、準社員一四名、嘱託社員三名、パートタイマー一名)で、他に派遣契約に基づく派遣社員二名が就業していた。

(二) 原告木下は、昭和五七年九月一三日、正社員として被告に雇用され、本件解雇当時は分会の会長を務めていた者である。平成七年六月一六日当時の分会の組合員数は三三名(正社員二一名、準社員一二名)であった。

(三) 原告組合は、関西地区において生コンの製造、販売等に従事する労働者を主体に組織された労働組合であり、被告における分会は原告組合の下部組織である。

2  本件解雇に至る経緯

(一) 被告は、売上比の約八〇ないし九〇パーセントを株式会社タダノ(以下「タダノ」という。)からのカーゴクレーンフレーム(以下「フレーム」という。)等の受注に依存していたが、平成三年以降の不況による受注の減少及び平成五年一〇月から平成六年一二月にかけて生じた生産遅延による売上高の減少の結果、被告の第二八期(平成五年三月から平成六年二月まで)及び第二九期(平成六年三月から平成七年二月、まで)の決算は大幅な赤字となった。

(二) そこで、被告は、平成七年六月一六日、全従業員に対し、①人員削減、(嘱託社員、六〇歳以上の準社員及びパートタイマー合計六名の解雇、派遣社員二名の派遣契約解除並びに正社員及び準社員のうち一三名の希望退職募集)、②北工場の閉鎖、③経費節減、④労働条件の見直しを柱とする黒字転換計画案を提示して説明し、同月二〇日の団体交渉において分会に対して黒字転換計画案への理解を求めた。

(三) なお、これに先立つ同年五月二八日に、松川康二(以下「松川」という。)ら六名の組合員が被告の製造部長猪塚勇(以下「猪塚」という。)の自宅を訪れた。その後、同年六月二〇日付けで、組合員三三名(正社員二一名、準社員一二名)のうち一七名(正社員五名、準社員全員)が分会を脱退した。

(四) 被告は、同年六月二八日、全従業員及び分会に対し、黒字転換計画案を実施する具体的日程につき、第一次希望退職募集期間を同年七月一一日から同月一四日まで、第二次希望退職募集期間を同月一八日から同月二一日までとする案を提示した。被告と分会は、同月一〇日、団体交渉を行い、その席上で、従前から交渉継続中であった平成六年度の賃上げ問題につき平成六年四月分に遡って支給することで両者の意見がまとまったが、黒字転換計画案についての交渉は進まなかったため、前記希望退職募集期間はそれぞれ一週間繰り下げられた。なお、被告は、平成七年七月一四日の団体交渉において、過去四年間の損益分析表を提示して経営状況を説明した。

(五) 被告は、同月一八日、全従業員及び分会に対し、別紙一を骨子とする黒字転換計画を実施する旨発表した。その際、人員削減については、第一次希望退職募集に対する応募者が募集人数に達しない場合には第二次希望退職募集を行い、退職勧奨を実施すること、第二次希望退職募集によっても募集人数に達しない場合は、経営計画を再検討し最小限の範囲で、右の退職勧奨者を対象に第三次人員削減対策を行うこと及び右退職勧奨は出勤不良の者や高齢者であること等を基準に人選を行うことが発表された(乙五、六)。

(六) 被告は、黒字転換計画に従い、平成七年七月二一日から労働条件の見直しを実施したほか、同月二九日限り北工場を閉鎖し、同月分から役員報酬を切り下げ、外注先に加工費の切り下げを要請した。

また、被告は、黒字転換計画に従って次のとおり人員削減を実施した。

(1) 被告は、同月一日に嘱託社員、六〇歳以上の準社員及びパートタイマーに対し、同月三一日付けでの退職を勧奨し、全員の承諾を得た。また、被告は、同月二〇日付けで、派遣社員二名につき派遣契約を解除した。嘱託社員、六〇歳以上の準社員及びパートタイマーの合計六名は右合意に基づき同月三一日に退職した。

(2) 被告は、黒字転換計画において希望退職募集人数を一三名としていたが、同月二一日までの間に実施された第一次希望退職募集に応じたのは、別紙二表1記載の五名(正社員四名、準社員一名)であった。

(3) そこで、被告は、第二次希望退職募集を行い、前記退職勧奨基準に基づき、原告木下、A、B、C、D、E、F及びGの合計八名に対し退職を勧奨したところ、別紙二表2記載のとおり退職勧奨対象外の一名を含む合計二名が希望退職に応じた。

(4) このように第一次及び第二次の希望退職の応募者数は合計七名に終わり、募集人数より六名少なかったが、被告は、再検討の結果、第三次人員削減対策としてはあと四名の退職にとどめることとし、前記退職勧奨者のうち、原告木下、A、D及びEを対象者に選定した。

(七) 本件解雇

被告は、同年八月七日、原告木下ら右四名に対し再度退職を勧奨するとともに、同月一一日までに希望退職に応じない場合は同月二〇日付けで解雇する旨の意思表示をした。これを受けて、D及びEは同月七日に退職に応じたが、原告木下及びAは退職に応じなかったので、同月二〇日付けで解雇された(以下「本件解雇」という。)。

(八) なお、被告と分会との間では、黒字転換計画案が発表された後の平成七年六月二〇日、七月三日、同月一〇日及び同月一四日、第二次希望退職の退職勧奨後の同月二四ないし二六日、八月二日、さらに第三次人員削減対象者選定後の同月八日ないし一一日に、それぞれ団体交渉が行われた。

3  本件解雇後の事情

本件解雇により、被告の従業員数は合計三一名(正社員二二名、準社員九名)となったが、平成七年一〇月以降、別紙三記載の合計八名(正社員三名、準社員五名)が自主退職した。

被告は、平成八年度の賃上げ及び賞与の支給を行ったが、その合計額は、被告の同年度の赤字額に匹敵するものであった。

4  原告木下の賃金等

被告においては、従業員の定年は満六〇歳に達した年度の終わりの日(四月一日)であり(就業規則四七条)、原告木下(昭和二九年二月二四日生まれ)については、平成二六年四月一日が応当日である。

被告における賃金の支払は、毎月二〇日締め二七日払いであり、原告木下の本件解雇前三か月間(平成七年六月分から同年八月分)の平均賃金は月額二〇万二〇〇三円であった(甲二の1ないし3、三)。

二  争点

1  本件解雇の効力

(一) 本件解雇は整理解雇の要件を欠き無効か。

(二) 本件解雇は不当労働行為にあたるか。

2  準社員らの分会脱退は被告の分会脱退工作によるものか。

3  本件解雇及び分会脱退工作の各不当労働行為による原告らの損害額

三  争点についての当事者の主張

1(一)  争点1(一)(本件解雇は整理解雇の要件を欠き無効か。)について

(原告らの主張及び被告の主張に対する反論)

本件解雇には、就業規則、労働契約による合理的な理由がなく、整理解雇の要件を欠き、解雇権の濫用ないし信義則違反に該当し、無効である。

(1) 整理解雇をする経営上の必要性の不存在

① 本件解雇当時、被告は倒産の危機に直面していたとは言い難い。被告は平成七年五月時点での資金繰予測において平成八年二月に一一〇〇万円の資金不足を来すことが予想されたと主張するが、右資金繰予測は、金融機関からの借入れなどを全く考慮に入れないものであるから、わずか一一〇〇万円の資金不足の見込みがあったことを理由に倒産の危険が切迫していたとはいえない。また、同月以降、被告においては本件黒字転換計画による経営合理化及び希望退職が進展していたにもかかわらず、被告は同年八月七日の本件解雇時点の経営上の必要性につき、同年五月の資金繰予測を理由に倒産の危険があったと主張するものであり、右主張は不合理である。

② さらに、被告は、赤字を黒字に転換すべき経営上の必要があったと主張するが、企業の維持、発展を図り、併せて将来の経営危機に備えることを目的としてなされる予防型の整理解雇は、目的と手段ないし結果との均衡の観点から慎重、厳格になされるべきである。被告は、赤字決算となった平成五年三月以降も、同年度に三名、平成六年度に九名、平成七年一月に一名、合計一三名の従業員を新たに採用しているから、被告の決算が赤字であることが、直ちに人員削減の必要性を意味するとはいえない。そして、第三次人員削減対策において四名を削減しなくても、当面の赤字が続くだけで資金不足によって倒産するおそれがあったわけではないから、右四名のうち二名が退職勧奨に応じた後に、原告木下を解雇する必要はなかった。また、被告は、黒字転換計画で、平成八年度の賃上げ及び賞与の支給はしないと言明していたにもかかわらず、やむを得ない必要性がないのにこれを実施した。その結果、被告の第三一期(平成八年三月から平成九年二月まで)の決算は右賃上げ及び賞与の支給の合計額に匹敵する約一三〇〇万円の経常赤字となった。したがって、右程度の赤字は被告にとって改善の必要性を伴うものであったとはいえない。一方、整理解雇された原告木下ら四名に対する給料支給額は約一三二〇万円であったから、被告には本件解雇をすべき経営上の必要性は存しなかった。

(2) 解雇回避努力の不履行

被告は、本件解雇前に次の①ないし⑥の整理解雇回避措置を実施すべきであったにもかかわらずこれを尽くさなかった。

① 経営方針や労務管理の改善努力

② 経費削減措置

ア 被告は、黒字転換計画案発表後に前年度の遡及的賃上げを認めて差額(約二パーセント)を支給した。これにより、黒字転換計画で従前賃金を基準に正社員の賃金を三パーセント削減する予定であったにもかかわらず実質的な削減率は約一パーセントにとどまってしまった。

イ 被告は、外注化を進めて経費を増加させた。

③ 一時帰休、出向等による余剰労働力の吸収努力

被告は、一時帰休や出向等、労働者にとってより苦痛の少ない方策を検討すべきであるにもかかわらずこれを怠り、分会が黒字転換計画発表後の団体交渉の席上で一時帰休や出向等を提案しても応じようとしなかった。

④ 希望退職募集の努力

被告は、平成七年七月一八日から黒字転換計画を実施し、わずか三週間後の同年八月七日に第三次人員削減対策における退職勧奨を行い、希望退職募集に十分な時間をかけず、また、個々の従業員に対し、黒字転換計画完結後の労働条件の見通しや右計画の実質的必要性等につき十分納得を得られるような説明をせず、個別事情聴取もしなかった。本件解雇前の平成五年一二月から平成六年三月にかけて合計二七名もの退職者、長期欠勤者が出ていることからすれば、被告の従業員は流動性が強く、退職者が続出することが十分予測され、現に、本件解雇後に八名が自主退職していることからすれば、希望退職期間を十分にとり事情聴取等を行っていれば、本件解雇をしなくても希望退職により予定数の人員削減ができたはずである。そして、個別の事情聴取を実施しなかったのは私情を交えないためであるとする被告の弁解は全く不合理である。

⑤ 預金処分及び融資の申込等

⑥ 再就職のあっせん等

(3) 解雇対象者の選定の不合理性

① 正社員と準社員を同一に扱う整理基準の不合理性

終身雇用を期待することが合理的な正社員に対する解雇は、他の地位にある労働者よりも制限してなされるべきことは就業規則、雇用契約から当然のことである。被告においては終身雇用を前提とする六〇歳定年制が適用されていたのは正社員のみであり、準社員と正社員では終身雇用に対する期待が全く異なるにもかかわらず、被告は、黒字転換計画の人員削減にあたり準社員と正社員を一律に扱い、準社員に先立ち正社員である原告木下を解雇した。

なお、被告と分会との間の平成六年二月二四日付協定(以下「準社員協定」という。)により臨時工ないし組夫であった準社員は申出により正社員になる地位を取得したが、実際に右申出をした準社員はいなかった。また、労働協約は、協約当事者たる組合の離脱者に対しては離脱の時点からその規範的効力が及ばなくなるとされるところ、準社員は本件解雇当時には全員が分会を脱退していたので、将来、準社員協定により正社員になることはありえず、現に本件解雇後に準社員協定により正社員になった者はいない。したがって、準社員協定の存在は整理基準の合理性の理由にならない。

② 整理基準の恣意的適用

仮に、被告の整理基準が合理的なものであるとしても、被告は以下のとおり、分会の中心的役割を担う原告木下を排除して分会の弱体化を図るために整理基準を恣意的に適用して同原告を解雇の対象としたものである。

ア 総欠稼時間を基準とした場合の原告木下の出勤不良の順位は、平成五年度がワースト四位、平成六年度がワースト五位であるにもかかわらず、被告は、私病による欠稼時間を半分控除した時間で順位をつけ、同原告の順位を平成五年度はワースト二位、平成六年度はワースト三位と評定している。このように整理解雇の対象者を選定するにあたり私病とそれ以外とで区別することに合理性はなく、現に、被告は、「疾病により正常な勤務に耐えられないこと」を整理解雇の一つの基準にしている。私病の多さが右基準に類似することからすれば、私病による欠稼時間を半分控除した被告の取扱いは恣意的である。

なお、原告木下の欠稼理由は、私病以外は農業、冠婚葬祭及び組合用務であり、欠稼については被告の許可を得ており、これについて特段の注意も受けていなかった。したがって、欠稼時間に重点を置いて整理解雇対象者を選定すること自体に問題がある。

イ 被告は、整理解雇の基準として出勤不良のほか三つの基準を採用しているところ、原告木下は、「出勤不良の者」以外の三つの基準には当てはまらない。しかるに、被告は欠稼時間のみを重視して整理対象者を選定しており、極めて偏頗である。

(4) 解雇手続の合理性について

解雇協議条項や同意条項がない場合であっても、使用者は、信義則上、整理解雇につき組合等と誠実に協議する義務を負うところ、被告は次のとおり右義務を尽くしていない。

① 整理解雇の必要性に関する具体的説明、資料の公開をしていない。

ア 分会は次の事項につき説明を要求したが、被告は回答しなかった。

a 黒字転換計画実施による将来の見通し

b 赤字の原因

c 第二次希望退職募集における退職勧奨者の選定理由

d 会社債権委員会を労使双方で発足させない理由

e 第二次希望退職募集後、人員削減を避ける方法について

イ 分会は、黒字転換計画への協力の必要性の有無や程度、真に人員削減しなければならない人数を見極めるため、次の書類の提出を求めたが、被告はこれを拒否した。

a 損益計算分析表だけでは判明しない剰余金、別途積立金の有無、額を知り、また資産と負債の内容を具体的に知るための「過去三年間の決算報告書」

b 平成七年三月から六月までの収支状況を知るための「過去三年間の毎月の試算表」

c 経費中の人件費の割合を知るための「過去三年間の役員と労働者の人数の推移に関する資料」

② 被告は整理解雇の必要性、四名を解雇対象としなければならない理由につき具体的説明をせず、分会の理解を得る努力をほとんどしなかった。また、被告は、原告木下を解雇の対象にする理由についても根拠を示さず、分会と協議しようともしなかった。

(被告の主張)

被告は、受注減に伴う高度の経営危機下にあって倒産の危機に直面し緊急に人員削減をする必要があり、黒字転換計画に従って被解雇者整理基準を適用し、これに該当した原告木下を解雇したものであり、本件解雇は適法である。

(1) 整理解雇の必要性

① 被告は、不況による平成三年以降の受注減に加え、平成五年一二月から平成六年一二月にかけての大幅な生産遅れにより売上高が減少し、二期連続で大幅な赤字を出した。さらに、平成七年五月には、タダノからのフレーム受注台数が翌月以降月間八〇〇台から月間五〇〇台に減少することが決まり、何ら対策を講じない場合、①資金繰面においては、被告保有の定期預金を取り崩し有価証券を売却しても、平成八年二月には約八五〇万円の資金不足となり倒産するおそれがあり、また、前記の大幅な生産遅滞は取引先に知れ渡っており、信用不安が生じて手形でなく現金による決済を求められた場合には、平成七年九月に資金不足を来すこと、②損益面においては、毎月約一二〇〇万円の経常赤字が続くことが予測された。このように目前に危機的状況が迫っていることから、被告は、余剰人員の削減を中心とする黒字転換計画を早期に完全実施する必要があった。

そして、黒字転換計画における第二次希望退職募集が終了した同年七月末ころには、翌月後半からの受注台数がさらに月間四〇〇台に減少することが確定し、極めて深刻な事態となった。このままでは、①資金繰面においては、遅くとも平成八年五月には約二五〇万円の資金不足になり、また、手形でなく現金による決済を求められた場合には、平成七年一〇月には資金不足になること、②損益面においては、毎月約二八〇万円の経常赤字が続くことが予測された。そこで、被告は、第三次人員削減対策は実施せざるを得ないが、削減人員を少なくする方針で削減人員別の損益試算表を作成して検討した結果、同年九月から平成八年二月までの半期間では計画通りあと六名を削減しても経常黒字は生じないものの(約三六〇万円の経常赤字となる。)、同年三月から平成九年二月までの来期一年間では、あと三名の削減では約三六〇万円の経常赤字だが、あと四名の削減をすれば約八〇万円の経常黒字が見込まれることが予測されたので、四名を削減することにした。

このように、被告は、第二次希望退職募集期間終了後においても高度の経営危機下にあり、緊急に人員削減をする経営上の必要があった。

② なお、被告が、平成八年度の賃上げ及び賞与の支給をしたのは、本件解雇後に自主退職者が出たことや、北工場の設備が売却できたことにより若干の資金的余裕が見込めたため、平成七年度につき賃上げも賞与の支給もなしで頑張ってきた従業員に配慮したものである。なお、被告は、黒字転換計画において平成七年度の賃上げ及び賞与支給については実施しない旨明言していたが、平成八年度については明言しておらず、他方、分会はこの間被告に対し、右各年度の賃上げ及び賞与支給の要求を繰り返していた。

(2) 解雇回避努力

① 準社員及び正社員の賃下げについて

ア 分会から、正社員より高い準社員の賃金を切り下げたり、正社員についても三パーセント以上の賃下げにより人件費を節減するなどという提案はなかった。

イ 分会は、臨時工らが分会に加入し始めた平成五年一〇月ころから正社員より賃金が高かった組夫及び臨時工の正社員化及び従来の正社員の賃金をこれに合わせる形での賃上げを要求するようになり、被告が平成六年二月二四日の準社員協定により、(a)臨時工の時間給の増額及び均一化、(b)臨時工を準社員と呼称し、同年六月二一日以降申出により正社員となる地位を認めたところ、分会は、同年三月の賃上げ交渉で正社員につき準社員の時間給を月給に換算した高額の基本給を要求し、交渉決裂後も各年度の賃上げを要求していた。

このような分会の賃金闘争姿勢に鑑み、被告は、黒字転換計画案の立案にあたり、正社員、準社員の大幅な賃下げは無理であると判断し、また、(a)準社員の賃金が正社員より高いのは、賞与、退職金、通勤手当等の支給がないなどそれなりの合理性があることや、(b)右のように分会は準社員の時間給を正社員の賃上げ手段としていたことから、準社員のみの賃下げについても、やはり無理であると判断した。

ウ また、本件解雇時においても、(a)正社員及び準社員の賃下げについては黒字転換計画の中で考慮済みであり、(b)第二次希望退職募集終了時において、賃下げにより第三次人員削減対策の実施を回避するためには、準社員のみの場合は約三六パーセント、全従業員の場合は約一一パーセントの賃下げを要し、また、(c)分会は平成六年度の賃上げ妥結後も平成七年度の賃上げ及び夏期賞与の支給を繰り返し要求しており、他方、(d)被告は高度の経営危機下にあり、計画通り黒字転換計画を完了すべき緊急性があった。したがって、大幅な賃下げはできなかった。

② 外注停止による経費削減について

被告は、主力製品の生産ライン(南工場)の人員配置を効率化するために北工場を閉鎖し、そこで行っていた加工等を外注に切り替えたものであり、かえって北工場内の設備を売却し工場建物を賃貸人に返還することで資金の安定化を図るほか、外注により材料や部品の在庫ロスをなくしている。

③ 希望退職募集について

ア 黒字転換計画案の発表から第二次希望退職募集の最終日まで一か月以上あり、被告は、全従業員に対する説明会で会社の危機的状況及び黒字転換計画の必要性を具体的に説明し、情報を提供しているから、希望退職に応ずるべきか否かの判断は十分可能である。

イ 従業員からの個別事情聴取については、黒字転換計画案の立案にあたって検討したが、個別事情につき共通の判断基準を設定することは不可能であり、退職勧奨者ひいては削減対象者の人選につき主観的判断が入り込む危険を避けるため、あえて実施しなかった。

ウ 被告は、希望退職募集にあたり、会社都合退職金及び特別加算金の支給、特別休暇の付与等、退職者に有利な条件を提示しており、自主退職の意思がある者はこれに応募したはずであり、募集期間の長短ないし個別事情聴取の有無と希望退職人数とは関係がない。本件解雇後の自主退職者は、本件解雇後の事情により退職したものである。被告は、高度の経営危機下で二回にわたり希望退職を募集し、退職勧奨も行っており、さらなる希望退職募集をしなければならない理由はない。

(3) 整理基準の設定及び適用の合理性

① 整理基準の合理性について

ア 被告における準社員は、勤務時間及び勤務内容は正社員と同じであり、雇用期間についても雇用契約の更新が予定されているから、実質的には正社員と異ならず、両者の取扱いを区別しない方が合理性がある。

イ また、前記のとおり準社員協定により準社員は正社員になり得る地位にあることや、分会の要求により右協定締結に至った経緯に照らせば、黒字転換計画の実施につき分会の協力を得る必要がある被告としては、準社員を正社員と区別して人員削減の対象とすることはできなかった。

なお、被告としては、準社員全員が分会を脱退しても、準社員から申出があれば準社員協定に従って正社員にせざるを得ないと考えていた。分会への加入・脱退は、被告とは無関係になされるところ、仮に右脱退を理由に準社員から先に人員削減することにすれば、準社員が再度分会に加入した場合、その取扱いにつき収拾がつかなくなるから、既に発表した人員削減対策の基本方針を変更することはできない。なお、準社員の分会脱退後の団体交渉においても、分会から、準社員を先に削減するようにとの要求はなかった。

② 整理基準の適用の合理性について

ア 被告が、総欠稼時間から被告に届出のある入院を伴う私病による欠稼時間の五〇パーセントを控除した欠稼時間(以下「判定対象欠稼時間」という。)の多寡により出勤不良順位をつけたところ、原告木下が出勤不良者として整理解雇の対象となったものである。欠稼時間の算定については、病気は本人の責任でない場合が多く、入院を伴うような私病による欠稼時間をすべて出勤不良の対象とするのは酷であるが、私病による欠稼であっても会社に対する貢献度に影響することに変わりはないから、その調整として「被告に届出のある入院を伴うもの」という明確なものに限定した上で私病による欠稼の半分を控除したものであり、公平かつ客観的な基準である。

イ なお、退職勧奨基準の「五五歳以上五八歳未満の者」に該当するH、「出勤不良の者」とされるJ及びKはいずれも溶接技能に優れ、生産ラインの構成上必要な従業員であったから退職勧奨の対象としなかった。これに対し、原告木下の技能は並で代替性があり、業務上の必要性は高くなかった。

(4) 分会に対する説明、協議の履行

被告は分会との団体交渉において、次のとおり可能な限り説明などを行っており、この点についての義務違反はない。

① 平成七年六月二〇日、会社が苦況にあり、近い将来倒産するおそれがあるため黒字転換計画が必要であり、右計画によれば約一年半で赤字を解消できる見込みであることの概略を説明した。

② 同年七月五日、会社の経理状況につき具体的に説明した。

③ 同月一〇日、会社の経理状況につき、過去四年間の損益計算書分析表に基づき数字をあげて説明した。

④ 同月一四日、第二次希望退職募集にあたっては退職勧奨基準に従って退職勧奨をすること、ただし、生産ラインの構成上必須な者等業務上必要な者は除くこと、第二次希望退職募集終了時において予定削減人数に達しない場合は、第三次人員削減対策の実施を考えざるを得ず、その際には整理解雇があり得ることを説明し、経理資料として前記損益計算書分析表を提示して閲覧に供し、メモを取ることを許したが、組合員はこれを一覧しただけであった。

⑤ 同月二四日(第二次希望退職募集初日)、分会からの求めに応じ、組合員で退職勧奨対象者とされているのは原告木下ら三名であること及び不就労時間が極めて多く、退職勧奨基準の「出勤不良の者」に該当することがその理由であることを明らかにした。

⑥ 同月二五日及び二六日は、希望退職の進行状況を報告し、現状では予定削減人員に達しそうにないので、整理解雇を含む第三次人員削減対策を実施せざるを得ない見込みであることを説明した。

⑦ 同月八月二日、同月後半からの受注台数が月間五〇〇台から月間四〇〇台に減少し、さらに経営状況が厳しくなるため第三次人員削減対策を実施せざるを得なくなったこと、右対策は整理解雇を含み、その対象者は原告木下ら四名であることを明らかにした。

(二)  争点1(二)(本件解雇は不当労働行為にあたるか。)について

(原告らの主張)

(1) 原告組合は、被告が自らの工場管理の怠慢による生産低下を原告組合による争議行為によるものとして、組合員の平成六年六月分の賃金を一律二〇パーセント削減したことにつき、同年一〇月一二日に大阪地方労働委員会に対し不当労働行為として救済申立てをしており、その審理中である平成七年八月に本件解雇がなされた。

(2) 原告木下は、昭和六〇年に被告において労働組合が結成されて以来、その労働組合活動の中心的、指導的役割を果たしてきた者であり、原告組合の執行委員であり分会長という重要な地位にあって、右救済申立ての組合活動を積極的に進めていた。

(3) 本件解雇に先立つ平成七年六月二〇日に一七名の組合員が分会を脱退したのは、被告が分会を敵視し組合員を不利に扱おうとしていたことが従業員の目に明白であったため、脱退者が、被告の黒字転換計画案による人員削減につき組合員が非組合員より不利に扱われるものと判断したからである。

(4) 右のとおり、被告は、原告木下の労働組合活動を嫌悪して、当時原告組合の執行委員であり分会長であった原告木下を職場から排除するという不当な動機、目的によって本件解雇を行ったものである。したがって、本件解雇は不当労働行為にあたり、勤労者の団結権を保障する憲法二八条に基づく法規に違反し、公序良俗に反し無効である。

(被告の反論)

(1) 被告が、平成六年六月分の組合員の賃金を二〇パーセント減給したのは、分会が、意識的に作業能率を低下させるスローダウン戦術により生産を極端に低下させたことによるものである。これが、分会のスローダウン戦術であることは、①同月分(同年五月二一日から六月二〇日まで)とその前後の月における生産台数及び作業能率の数字の推移、②生産低下期間中における組合員のほぼ全員による集団職場離脱行動、③平成六年度賃上げに関する団体交渉が決裂した翌日である同年五月二〇日からの極端な生産低下、④右団体交渉決裂の際に組合員からスローダウンを示唆する発言があったこと、⑤同年六月一八日に組合員からスローダウンを解除する旨の発言があり、同日から生産が回復されたことから、客観的に明らかであった。にもかかわらず、分会はこれを被告の責任であると強弁して救済申立てに及んだのである。

(2) また、被告は、従来から分会と誠実に協議をしており、分会を嫌悪、敵視したことはない。本件解雇についても、第三次人員削減対策の対象者として、退職勧奨基準に従い出勤不良者から原告木下ら三名を、高齢者から一名をそれぞれ客観的に選定したにすぎず、不当労働意思などなかった。

2  争点2(準社員らの分会脱退は被告の分会脱退工作によるものか。)について

(原告らの主張)

黒字転換計画案が発表されたわずか四日後の平成七年六月二〇日に、一七名の組合員が一斉に分会を脱退したのは、猪塚が、松川ら数名の組合員を自宅に呼び出して、近々人員整理案が発表されることを告げ、「組合を抜けると解雇はされない。」等として分会からの脱退を教唆したためである。

(被告の反論)

松川らが猪塚の自宅を訪れ、被告の件で話し合ったことはあるが、猪塚が松川らを呼び出したわけではなく、また、分会からの脱退を教唆したこともない。

3  争点3(本件解雇及び分会脱退工作の各不当労働行為による原告らの損害額)について

(原告らの主張)

分会長である原告木下に対する本件解雇及び準社員ら組合員に対する分会脱退工作は、いずれも分会及びその上部組織である原告組合の団結権を破壊する不当労働行為であり、これにより原告らは著しい精神的損害を被り、これを金銭に換算すれば、原告各自につき一〇〇万円を下らない。

(被告の反論)

本件解雇は適法な整理解雇であり、また、原告らの主張する分会脱退工作の事実はないから、いずれも不当労働行為に当たらない。

第三  当裁判所の判断

一  本件解雇の経緯

前提となる事実(前記第二の一)及び証拠(甲一、九の6、19の①ないし④、20、26、27、31ないし33、38、45の①、②、一〇の1の①ないし⑲、2、4、10、一四、一七(一部)、三七、乙一ないし七、一〇ないし一八、二一ないし五〇、五一の1ないし12の各①、②、五二、五三の1ないし12の各①、②、五四、五七ないし六五、六七、六八、証人津村忠彦、証人猪塚勇、原告木下本人(一部))によれば、次の事実が認められる。

1  黒字転換計画に至るまでの被告の経営状況等

(一) 被告は、売上比のほとんどをタダノからの受注に依存していたが、平成三年以降、不況の影響で主力商品であるフレームの受注が減少するなどしたため、被告の売上高及び利益状況は別紙四の表1売上高等推移表のように推移し、第二八期(平成五年三月から平成六年二月まで)は約八八〇〇万円、第二九期(平成六年三月から平成七年二月まで)は約一億二〇〇〇万円の経常損失を計上し、二期連続して大幅な赤字決算となった(乙一〇、二二ないし二六、二八、二九、三三、四九、証人津村忠彦)。

(二) 被告においては、平成五年の終わりころから組夫及び臨時工が分会への加入を始め、分会は被告に対し臨時工の正社員化を要求するようになった。臨時工は、正社員とは異なり就業規則は直接適用されず、定年雇用の保障や各種手当てがなく、時給制で就労している者であるが、そのため臨時工の時給(当時一七五〇円から二〇〇〇円)を月給に換算すると正社員の月給平均に比べて高額であった。そこで、分会は、臨時工の時給を一律化した上で、これを正社員化することにより、正社員の給与水準を引き上げることを目的としていた。そして、分会と被告は、平成六年二月二四日、同日から臨時工一二名を準社員と称することとした上、同年四月以降の時給を一律二一〇〇円とし、同年六月二一日以降は準社員の申出により正社員となることができる旨の準社員協定を締結するに至った。もっとも、準社員の申出により当然に正社員となるわけではなく、被告から正社員として提示された賃金に同意することが必要である。そこで、右準社員協定締結後、準社員よりも賃金が低くなる正社員化を申し出た準社員はいなかった。なお、準社員の雇用期間は、組夫の場合、組に連絡して人数を適宜調整し、臨時工の場合、大体一年契約で更新されていたが、一か月前に解雇の意思表示をすることができることになっていた。右雇用期間は右準社員協定により変わらなかった(甲九の6、19の①ないし④、20、32、33、乙二九、三〇、四七、証人津村忠彦、原告木下本人)。

(三) 被告と分会との間では平成五年の終わりころから、年末賞与の支給額問題等を発端とする紛争が生じており、被告の商品生産ラインにおける職長・係長・班長が多数退職したことや右紛争に起因する生産遅滞が発生していた。分会は、準社員協定締結後の平成六年三月、同年度の賃上げ交渉にあたり、準社員の時給を月給に換算したうえ約三七万円という高額の基本給を要求し、同年五月一九日に右交渉は決裂した。すると、翌二〇日からフレーム生産ラインの一日の生産台数が激減し、同年六月一七日まで減産が続いた。その結果、同年三月分ないし五月分(当月二一日から翌月二〇日まで)は月産平均五三五台であった生産台数が、同年六月分についてはわずか一九一台程度に落ち込んだ。被告は、右減産は組合員の争議行為によるものであるとして、組合員の同月分給与を二〇パーセント減給したところ、分会はこれに対して、同年一〇月二〇日、右減給は不当労働行為であると主張して大阪地方労働委員会に救済申立てをした(甲九の26、27、31、38、45の①、②、一〇の2、10、乙二九、証人津村忠彦)。

(四) 被告のフレーム生産台数は、従前、月産一〇〇〇台前後であったが、平成五年の終わりから平成六年七月ころにかけて月産五〇〇台前後に落ち込んだ。被告の生産台数はその後回復したが、右のような生産の遅れも一因となって、タダノは被告への発注分を一部他社に振替えることとし、平成七年五月一〇日ころ、それまでは月間八〇〇台であった注文台数を、翌月当初から月間五〇〇台に減らすことを決定した。

被告は、同年五月一五日ころ、過去の取引実績数値に基づいて被告振出手形(一三〇日サイト)決済のための資金繰予想(乙一一)を行ったが、被告所有の定期預金(約四八五〇万円)及び有価証券(時価約七五〇万円)を処分しても、平成八年二月には約一一三八万円の資金不足を来す可能性があるとの結果であった(ただし、右資金繰予想は新規借入を一切行わず借入金の返済のみを行うとの前提であるうえ、一部数字の誤記があり、誤記を修正した場合には同月に約八五二万円の資金不足を来すとの計算結果になる。)(甲一〇の2、乙一一、二一、二八、二九、三四ないし三四、四六、四九、証人津村忠彦)。

(五) 松川、喜多泰治(以下「喜多」という。)、K、S、D及びYの合計六名の組合員(喜多以外の五名は準社員)は、同月二八日、上司である猪塚の自宅を訪れ、被告が倒産するとの噂の真否及び被告の今後の方針について尋ねた。猪塚は、噂については否定し、今後の方針については検討中と答えるにとどまった。その際、松川が、被告の方針次第では分会を脱退しようと思うとの意見を述べたが、猪塚は、被告が関知する問題ではないと答えるにとどまった(証人猪塚勇)。

2  黒字転換計画の策定

(一) 黒字転換計画案の立案

被告は、二期連続赤字決算という状況下において、さらにタダノからの受注の大幅な減少に対する具体的対策を検討するにあたり、当時の売上高と当期製造原価及びこれに含まれる労務費の推移は別紙四の表2売上高等比較表のとおりであり、売上の減少に比べて労務費が変化していないことから、余剰人員の削減を図ることが必要であると判断した。そこで、被告は、経費節減の見地から前年度決算報告書等に基づく月次損益試算表を作成し、これに基づいて黒字転換計画案を策定した。右黒字計画案は、赤字を解消して会社の存続を図るため、余剰人員の削減及び労働条件の切り下げを行うことを主な内容とし、具体的には、①人員削減(嘱託社員、六〇歳以上の準社員及びパートタイマー合計六名の解雇、派遣社員二名の派遣契約解除並びに正社員及び準社員のうち一三名の希望退職募集)、②北工場の閉鎖、③経費節減、④労働条件の見直しが規定された。北工場は、借地借家料支出の削減及び外注化による在庫ロスの削減による経費節減、工場設備の売却による資金の確保並びに主力商品生産ラインである南工場の人員配置の効率化のために閉鎖することにしたものである。被告の月次損益試算によれば、何らの対策を講じなければ毎月約一二〇〇万円の経常赤字になるところ、右黒字転換計画案を実施すれば毎月約一二万円の経常赤字にとどまり、被告は危機的経営状態を脱するだけでなく、努力次第では黒字転換も可能になると考えられた。

なお、賃下げにより正社員及び準社員の人員削減を回避しようとする場合、三〇パーセント以上の賃下げを要するところ、被告は、前記の分会の賃上げ要求姿勢に鑑み、従業員全体の大幅な賃下げも準社員のみの賃下げも無理であると判断し、黒字転換計画案では正社員につき三パーセント、準社員については、時給計算方式の見直しにより実質4.25パーセントの賃下げを実施するに止めることにした。また、被告は、従業員の出向や一時帰休については検討の対象としなかった(乙一〇、一二、二二ないし二六、二八、三三ないし三五、四六、四九、五四、五七、証人津村忠彦)。

(二) 従業員への説明及び分会との交渉

(1) そして、被告は、平成七年六月一六日、右黒字転換計画案を全従業員及び分会に提示して説明するとともに、同月二〇日の分会との団体交渉において同計画案を実施する必要性及び実施内容を説明し、分会は協力する旨回答したが、具体的な経理資料の提示等を要求した。

(2) なお、猪塚宅を訪問した松川ほか五名を含む一七名の組合員(全準社員及び正社員五名)が、六月二〇日付けで分会に対し、分会の方針にはついていけないことを理由とする連名の脱退届を提出した。猪塚は、右脱退後間もなく松川からの連絡で同人らの脱退を知り、同月二二日には原告木下から被告に対し脱退届のファックスが送付された。なお、松川は副分会長であった。

(3) 被告は、六月二八日、黒字転換計画案につき嘱託社員等の退職日、北工場の閉鎖日、労働条件見直しの実施時期、希望退職募集の募集期間(第一次・同年七月一一日から一四日まで、第二次・同月一八日から二一日まで)、希望退職者の退職日等の実施細目案を全従業員及び分会に提示し、過去四年間の損益計算書分析表(乙一〇)に基づき被告の経営の危機的現状を再度説明するとともに、希望退職募集の募集期間等計画の実施についての具体的説明を行った。

(4) 被告は、同年七月五日の分会との団体交渉において右同様の説明をして、分会の協力を再確認した。このとき、分会は、平成六年五月の交渉決裂以来未解決であった同年度の賃上げにつき早期解決を申し出た。

そして、分会は、平成七年七月一〇日の団体交渉の冒頭で、平成六年度賃上げについては従前の被告回答額(約七〇〇〇円の賃上げ)で妥結する旨提案した。このような賃上げを実施することは黒字転換計画案の前提になっていなかったものの、被告は右提案を受け入れ、平成六年四月分に遡って賃上げ分を清算して支給することを承諾した。分会は、引き続き、平成七年度賃上げ及び夏期賞与の支給を要求し、被告は、損益計算書分析表に基づき右要求には応じられる状態ではないことを説明した。

なお、同日の交渉は賃上げ及び賞与についての話し合いに終始し、希望退職等についての協議がなされなかったため、被告は、希望退職募集日程を一週間繰り下げ、その間に分会とこれを協議することとし、翌一一日、全従業員に対し、右募集日程変更を説明した。また、被告は、同年七月一三日、希望退職者に対する退職特別加算金を一〇万円増額することを発表した。

(5) 被告は、七月一四日の団体交渉において、分会に対し、経理資料として損益計算書分析表を提示して被告の経営状況を具体的に説明するとともに、希望退職者が予定削減人数に達しない場合には整理解雇もあり得る旨、また具体的数字を挙げないで平成九年二月の決算で収支均衡するようにしたい旨説明して理解を求めたところ、分会側から計画実施に対して十分な理解は得られなかったが実施に対して反対はしない旨の発言があった。分会は提示された右損益計算書分析表のメモを取ろうとはせず、同月一七日付けで、被告に対し、決算報告書、月次試算表並びに役員及び全労働者の人数(いずれも過去三年分について)を提出するよう要求したが、被告は業績のよくない決算報告書や月次試算表の内容が外部に流出して会社の存続を危うくする危険性等を理由にこれを拒んだ。右拒否した過去三年間の決算報告書による剰余金は、古い期順に、三億四〇〇〇万円、二億六八〇〇万円、一億七九〇〇万円(いずれも一〇万円以下切捨)であった。

(6) 被告は、七月一八日、全従業員及び分会に対し、別紙一を骨子とする黒字転換計画の実施を発表した。

(甲一〇の4、一四、一七(一部)、三七、乙一ないし六、一〇、一八、二四ないし二六、二八、三七、四七、四八、証人津村忠彦、証人猪塚勇、原告木下本人(一部))

3  黒字転換計画の実施

(一) 被告は、黒字転換計画に従い、同年七月二〇日付けで派遣社員二名の契約を解除し、同月三一日までに嘱託社員等六名を退職させるとともに、北工場の閉鎖、労働条件の見直し等を実施した。

(二) 黒字転換計画による希望退職応募者に対しては、会社都合退職金(正社員のみ)、特別加算金三〇万円、年次有給休暇残存日数に応じた特別手当が支給されるとともに、希望退職願提出後の有給特別休暇が認められていたが、第一次希望退職募集期間(同月一八日から同月二一日まで)の応募者は別紙二の表1のとおり五名にとどまり、予定削減人数にはあと八名不足であった。

(三)(1)ア 第二次希望退職募集については、黒字転換計画で定めているとおり、

① 出勤不良の者

② 疾病その他により正常な勤務に耐えられないと認められる者

③ 五八歳以上の者

④ 五五歳以上五八歳未満の者

(ただし、業務上必要な者は除く)

という基準に基づいて退職を勧奨することとされ、従業員に周知されていた。

イ 被告は、右基準の①(出勤不良基準)につき、入院を伴うような私病による欠稼時間をすべて出勤不良の判定対象とすることは本人への帰責性の観点からして過酷であると考え、総欠稼時間から被告に届出のある入院を伴うような私病による欠稼時間の五〇パーセントを控除した判定対象欠稼時間を基準に判定することとした。そして、全従業員につき平成五年分及び平成六年分(いずれも当年四月二一日から翌年四月二〇日まで)の判定対象欠稼時間を算定し、平成六年分を主としてこれを判定した。なお、途中入社の者については、公平を期するため一年当たりに換算して算定した。

ウ その結果、平成六年分の出勤不良については、ワースト一位がL、二位がM、三位が原告木下、四位がA、五位がN、六位がD、七位がBで、八位がFであった。このうち、一位及び二位の両名は第一次希望退職に応募したので除外され、三位の原告木下及び四位のAが選ばれた。五位のNは三〇歳の機械工で業務上必要な職種であるところ、同じ機械工のCは五六歳であったので、被告は前記基準の④に該当するCを退職勧奨の対象としてNは対象外とした。そして、年齢がCより上であり代替性もあるということからEを選んだ。次いで、右六位ないし八位の三名を選んだ。出勤不良のワースト順の八位以降の者は、九位がK、一〇位がJ、一一位がO、一二位がY、一三位がSで、一四位がGであったが、九位、一〇位、一二位及び一三位の四名は溶接技術に優れ、かつ、生産ラインの構成上必須であるという理由で業務上の必要性から対象外とされ、一一位の者は第一次希望退職募集に応募したので除外されたので、一四位の者が選ばれた。なお、被告は、原告木下については溶接工で技能も並であり、より若い者で代替しうるとの認識であった。こうして、原告木下、A、D、B、F、C、E及びGの八名が選定された。

エ ちなみに、総欠稼時間を基準とした場合の出勤不良順位は、平成六年度ワースト一位がL、二位がA、三位がM、四位がB、五位が原告木下、六位がJ、七位がNで、八位がDであり、一位及び三位の者は前記のとおり希望退職していた。

(2) 被告は、第二次希望退職募集(平成七年七月二四日から同月二八日まで)において、右八名に対して退職勧奨を行った。被告は、同月二四日、急きょ開催された団体交渉において、退職勧奨基準について説明し、分会の要請により組合員のうち退職勧奨対象者は前記基準①に該当する原告木下、A及びGの三名であることを告げた。被告は、翌二五日及び二六日に実施された団体交渉の席上で、希望退職状況を告げ、第三次人員削減対策を実施せざるを得ない見込みである旨説明したのに対し、分会は、原告木下ら三名の組合員に対する退職勧奨に反対するとともに、平成七年度の賃上げ及び夏期賞与支給を要求した。

(3) 第二次希望退職募集の結果、別紙二の表2のとおり退職勧奨外の一名を含む二名が希望退職に応じたが、予定削減人数にはあと六名不足であった。

(4) なお、被告は、第一次及び第二次の各希望退職募集に当たり、従業員に対する個別の事情聴取を行わなかった。

(甲一〇の1の①ないし⑲、一七(一部)、乙一ないし六、一六ないし一八、二八、四六、四八、五〇、五一の1ないし12の各①、②、五二、五三の1ないし12の各①、②、五八、六七、証人津村忠彦)。

(四)(1) 被告は、第三次人員削減対策をできるだけ回避すべく、希望退職者七名にとどめた場合の損益試算を検討していたところ、第二次希望退職募集が終わった同年七月末ころ、タダノからのフレーム受注台数が翌月後半から月間四〇〇台に減少することが新たに確定した。そもそも黒字転換計画は月間五〇〇台の受注を前提に立案されていたところ、被告は右受注減による影響を考慮した結果、第三次人員削減対策を行わざるを得ないとの結論に至った。

そして、必要最小限の人員削減にとどめるため、削減人数別の損益試算を行って比較した結果、第三〇期下期(平成七年九月から平成八年二月まで)については、黒字転換計画のとおりあと六名削減しても約三六〇万円の経常赤字となるところ、第三一期(同年三月から平成九年二月)については、あと三名の削減であれば約三六〇万円の経常赤字になるが、あと四名削減すれば約八〇万円の経常黒字となることが予測されたので、被告は、第三次人員削減対策としてはあと四名の削減を実施することとした。

被告は、第二次希望退職募集時の退職勧奨者のうち、出勤不良の順に原告木下、A及びDを選出し、あと一名は、希望退職に応募したCとの年齢的均衡の観点でEを選出し、右四名を第三次人員削減対策の対象としてこれを実施することにした。

なお、第三次人員削減対策を実施せず、賃下げのみで同程度の経費削減を行う場合には、準社員のみの賃下げであれば約三六パーセント、全従業員の賃下げなら約一一パーセントの切下げが必要な状況であった。になることから、被告は、分会の賃上げ及び賞与支給姿勢に鑑み、このような賃下げは無理であると考えて提示しなかった。

(2) 平成七年八月二日の団体交渉においては、同年夏期賞与に絞った交渉がなされたが、被告は厳しい経営状況に照らして人員削減の必要性を含む黒字転換計画を説明し、夏期賞与を支給できない旨回答した。

(3) 被告は、同月七日、右四名に対し再度退職勧奨するとともに、同月一一日までに希望退職に応じない場合は同月二〇日付けで解雇する旨通知した。なお、解雇される場合は、解雇予告手当が支給されるが、希望退職の場合とは異なり特別加算金及び特別手当金は支給されない。E及びDは、同月七日、希望退職に応じた。

(4) 被告と分会は、同月八日から一一日まで、連日、団体交渉を行った。分会は、被告に対して、原告及びAの解雇を撤回するよう申入れたが、団体交渉の席上で主に交渉された内容は夏期賞与についてであり、結局交渉は平行線のまま終わった。

(5) 原告木下及びAは期限までに希望退職に応じなかったので、同月二〇日付けで解雇された。

(甲一、乙一ないし七、一三ないし一五、一八、二八、三一、四六、四七、五四、五九、六七、証人津村忠彦)

4  黒字転換計画実施後の経緯

(一) 黒字転換計画実施により、被告の従業員数は合計三一名(正社員二二名、準社員九名)となったが、平成七年一〇月以降、別紙三のとおり合計八名(正社員三名、準社員五名)が自主退職した(乙三八ないし四五、四八、証人津村忠彦)。

(二) 被告は、平成八年度に従業員に対し、一人当たり月四五〇〇円の賃上げ(従業員年合計約一〇〇万円)及び賞与支給(一人当たり夏期二三万三五〇〇円、年末二七万九五二八円。従業員年合計約一二〇〇万円)を行った。分会は、本件解雇後も平成七年度以降の賃上げ及び賞与支給を要求していたが、従前に比べて団体交渉の回数は少なかった(乙四九、六〇ないし六五、六七、六八、証人津村忠彦、原告木下本人)。

(三) 黒字転換計画が実施された第三〇期(平成七年三月から平成八年二月まで)及び第三一期(同年三月から平成九年二月まで)の被告の売上高等の推移及び労務費等の推移は、別紙五のとおりであり、売上高の減少にもかかわらず営業利益の赤字が大幅に縮小したものの、当期経常利益は、第三〇期で約四三〇〇万円の赤字、第三一期で約一三〇〇万円の赤字となった(乙二七、三二、三三、証人津村忠彦)。

二  争点1(一)(本件解雇は整理解雇の要件を欠き無効か。)について

1  整理解雇の経営上の必要性について

(一) 被告の本件解雇に至るまでの経営状況等は前記第三の一1ないし3のとおりであり、被告は、その売上をタダノからのフレーム受注に大きく依存しており、社会的な不況による受注の減少及び労使紛争等に起因する大幅な減産で二期連続して一億円前後の大幅な赤字を計上していたところ、平成七年五月には、従来月間八〇〇台であった受注が翌月から月間五〇〇台に減少することとなり、その結果、当時の具体的な資金繰予測では借入れをしない場合、翌年二月に手形決済資金が不足する可能性があることが一応予測され、また、月次損益試算では毎月約一二〇〇万円の経常赤字となることが予測されたこと、被告が黒字転換計画を策定して実施に移した後の同年七月末には、翌月後半からは受注台数がさらに月間四〇〇台に減少することになり、人員削減を行わなければ毎月約二八〇万円の経常赤字が発生することが予測され、試算によればあと三名の人員削減にとどめた場合には来期(第三一期)決算は約三六〇万円の経常赤字であるが、あと四名を削減すればこれを約八〇万円の黒字にすることができると予測されたことが認められる。これらの事実によれば、被告が、本件解雇当時、客観的に高度の経営危機に直面しており、人員整理も含めて経営合理化のための対策を迫られていたことが認められる。

(二) ところで、被告は本件解雇当時、被告が資金不足による倒産の危機に直面していたと主張しており、右を裏付ける証拠として、本訴提起後に作成した資金繰予測表(乙三一)を提出して、本件解雇を行わない場合には、平成八年五月に二四七万円の資金不足を来すおそれがあったとする。

しかしながら、証人津村忠彦の証言によれば、被告は平成七年五月に資金繰予測表(乙一一)を作成した後、本件解雇に至るまで資金繰予測表を作成し直したことはなく、本件解雇時において将来資金不足のおそれがあるかどうかについては感覚的に判断したにすぎないことが認められるほか、被告の決算報告書(乙二六、二七)によれば、乙一一号証及び乙三一号証の資金繰予測表の売上予測は、被告の現実の売上よりも控えめに見積もられていることが認められる。そして、右資金繰予測表は、新規に融資を受けることを全く考慮に入れておらず借入金の返済のみを順調に行う前提で作成されたものであるから、厳密な意味で倒産の危険につき検証したものとは言い難いし、被告の右決算報告書によれば被告には本件解雇当時多額の剰余金が留保されていると認められるから、被告が倒産の危機に直面していたとの被告の主張は、いずれもこれを認めるに足りない。

また、被告は、取引先から現金決済を求められた場合には資金不足による倒産の可能性は一層高まるから、早急な人員削減の必要があったと主張しており、証人津村忠彦の証言中には一部これに沿うかのような部分も存するが、同証人は取引先から現金決済を求められるような具体的事情が存したかについては否定的な証言をしており、他に右のような事情があったと認めるに足りる的確な証拠もないから、現金決済への転換に基づく差し迫った経営上の危機の事実を認めるに足りない。そして、前記第三の一2(二)(4)、4(二)(三)のとおり、被告は、黒字転換計画案立案後の平成七年七月一〇日に、分会の要求を受けて前年度の遡及的賃上げを承諾し、人件費の削減効果を著しく低下させているうえ、本件解雇後の平成八年度には特段の必要性があるとは認め難いのに賃上げ及び賞与支給を行った結果、同年度の決算をこれに匹敵する赤字に終わらせていることからすれば、被告に次期における赤字の発生を緊急に回避する必要があったとは言い難い。また、黒字転換計画は、その名称が示すように経常赤字を黒字に転換するために策定されたのもであり、第三次人員削減対策による削減人数の設定も、来期の経常利益の赤字と黒字の分岐点を考慮して決定されたことにも照らせば、本件解雇は、現在の危機的経営状況から脱出し経常赤字を黒字に転換することにより将来の企業の維持存続を図るためになされたものであると解され、その限度で被告に整理解雇をなすべき経営上の必要性が存したことは認められるものの、右程度を超えて、差し迫った倒産の危険を回避すべき緊急の必要性が被告に存したとまでは認めるに足りない。

2  解雇回避努力について

(一) 一般に、いかなる措置を行えば解雇回避努力を尽くしたといえるかについては、企業の経営状況や社会情勢等諸般の具体的事情の下で、経営者が整理解雇を可及的に回避するために可能な限りの措置を行ったかどうかにより総合的に判断すべきである。

(二) 本件については、前記第三の一1ないし3のとおり、被告は、黒字転換計画において、北工場の閉鎖による設備の売却及び借地借家料等の経費削減や、役員報酬及び従業員賃金の切り下げないし労働条件の見直しによる実質的賃下げ、経費の節減等、人員削減以外の経営改善策を策定、実施しており、人員削減にあたっては、退職勧奨も含めて二次にわたる希望退職募集を行った上で、あらためて第三次人員削減対策の実施の要否を検討し、黒字転換計画の予定削減人数を再検討して、予定ではあと六名削減すべきところを四名の削減にとどめてこれを実施し、本件解雇に至ったものであり、被告は一定の解雇回避措置を講じているものといえる。なお、原告らは、従業員の賃金につき黒字転換計画に定める以上の切下げを検討すべきであったと主張するが、前記第三の一1(二)(三)、2(一)、(二)(4)、3(四)(1)のとおり、賃下げにより黒字転換計画における正社員ら一三名の削減を回避するためには三〇パーセント以上の切下げが必要になり、第三次人員削減対策を行わず希望退職者のみの削減にとどめる場合には黒字転換計画による賃下げに加えてさらに約一一パーセントの切下げが必要となるところ、分会の賃金闘争姿勢に鑑みれば、このような賃下げは到底現実的なものとはいえないから、これを実施しなくても解雇回避義務違反とはいえない。

(三) しかしながら、被告は、前記第三の一2(一)、(二)(4)のとおり、黒字転換計画案において、正社員につき三パーセント、準社員につき実質4.25パーセントの各賃下げ並びに平成七年度の賃上げ及び賞与支給の凍結を定めながら、前年度の遡及的賃上げを認めて差額を支給しており、このような姿勢は、被告が真に倒産の危険に直面していたとすれば、分会の賃金闘争姿勢や黒字転換計画の実施において従業員の多数が加入している分会の協力が必要であったことを考慮しても理解しがたいところがある。また、希望退職募集の実施についても、第一次及び第二次の募集期間はわずか数日間にすぎず、しかも、黒字転換計画の実施を発表した日から一〇日間あまりの間に実施されたものであって、右黒字転換計画案の発表が事前にあったとはいえ、従業員が転職の決意をし、又は転職の目途をつけるための考慮期間として性急の感を禁じ得ないうえ、右1で述べたように、本件解雇を含む黒字転換計画による人員削減は現在の経営危機からの脱出と将来の経営健全化を目的とするものであることを考慮しても、第二次希望退職募集期間経過後わずか一〇日余り後に本件解雇を予告して退職勧奨を行ったことの妥当性については疑問がある。そして、本件解雇後、平成七年一〇月から平成九年六月までの間に合計八名の自主退職者がでていることも考えあわせれば、希望退職募集期間をより長く取り、あわせて残業時間の減少に伴う賃金の減額を説明して従業員からの個別の事情聴取等も行っていれば、希望退職者が増加して本件解雇を回避することができた可能性も否定できない。

(四) したがって、本件においては、被告が整理解雇回避努力を尽くしたというには疑問の余地がある。

3  整理基準の合理性について

(一) 整理解雇は経営判断の一つであるから、整理基準の設定は、経営者の裁量に委ねられているが、企業の経営状況の改善という整理解雇の目的に照らせば、成績主義によることには合理性がある。

そして、特に疾病や傷病等による欠勤者は、企業の経営効率に寄与する程度が低いという意味では単なる出勤不良者と同様ではあるものの、必ずしも本人の責任によらない場合も多いことから、これを単なる出勤不良と同一の取扱をすることは酷であるとも考えられる。したがって、入院を伴うような私病についての欠稼時間の半分を控除したうえ、欠稼時間の多寡を基本に被解雇者を選定することにはそれなりの合理性があり、このような整理基準を設定することは企業の合理的な裁量権の範囲内であると解される。そして、右基準に従って判定対象欠稼時間により出勤不良の程度を判定した結果、原告木下が選定されたことは前記第三の一3(三)(1)、(四)(1)のとおりであり、この点に関する整理基準の策定及び適用に恣意的なところがあるとまではいえない。

(二) ところで、本件の整理基準は準社員・正社員の区別なく設定され、適用されている。しかしながら、被告における正社員と準社員の地位を比較すれば、前記第三の一1(二)のとおり、準社員は組夫及び臨時工の別称であり、正社員と異なり終身雇用の保証がなく、仕事量の多寡に応じて雇用される流動的な労働者であって雇用調整が極めて容易であることからすれば、準社員は、終身雇用制の期待の下で雇用されている正社員とは企業との結び付きの程度が全く異なり、整理解雇の場面においては、特段の事情がない限り、まずは準社員の人員削減を図るのが合理的であると解される。

被告は、準社員は正社員と業務内容が同一であることや、雇用契約の更新が予定されていること、準社員協定により正社員になる権利があること、分会の賃金闘争手段としての準社員の意味合いからすると準社員のみを人員削減等の対象とするのは困難であったこと等を理由に、準社員と正社員を同一に取扱うことの合理性を主張するが、前記第三の一1(二)、4(一)のとおり、準社員協定締結後に申出により正社員になった準社員はおらず、しかも、準社員は本件解雇前に全員分会を脱退して準社員協定の適用を受けなくなっていること、黒字転換計画発表当時には一二名いた準社員が、希望退職や本件解雇後の自主退職等の結果、四名まで減少していること、正社員とは資金体系が異なり単位時間当たりの時間給が高額であること等に鑑みれば、被告のいう諸事情は、正社員と準社員を同一基準で整理解雇する合理性を有するものと解されない。

(三) したがって、本件においては、整理解雇に当たり準社員と正社員の雇用保証の違いを考慮して被解雇者を選定すべきであったというべきであり、この点で整理解雇基準の設定に合理性がないと考えられる。

4  解雇手続の妥当性について

前記第二の一2(四)ないし(八)及び第三の一2(二)、同3(三)(四)のとおり、被告は、分会及び従業員に対し、別紙一の「黒字転換計画骨子」を内容とする黒字転換計画案を提示説明してその協力を求めたこと、その際、希望退職者が計画削減人員に達しない場合は、第三次の人員削減策として第二次希望退職の勧奨に応じなかった者を整理解雇の対象にすることがあり得ること、その退職勧奨基準として、出勤不良の者等を具体的に明示していたこと、第二次希望退職募集の当初に、分会の要求により、組合員のうち退職勧奨対象者は原告木下を含む三名であることを告げたこと、分会が経理資料(過去三年間の決算報告書・毎月の試算表等)の提出を要求したので、被告は、過去四年間の損益計算書分析表を提示して説明した(決算報告書・毎月の試算表は、業績の悪い内容が外部に流出し会社存続を危うくする危険性を理由に提出を拒否した。)こと、第二次希望退職募集期間満了後の平成七年八月二日の分会との団体交渉において、夏の賞与に絞った交渉がなされたが、黒字転換計画の趣旨を説明して同年夏の賞与を支給できない旨回答したにとどまったこと、その後本件解雇の予告をした同月七日までに、タダノからの受注台数が月間五〇〇台から四〇〇台に減少したことを含め、整理解雇の実施等につき説明協力を求めたことはなかったことが認められる。

右の事実によれば、被告は、分会に対し、人員削減対策の必要性、実施時期・方法等を提示可能な資料を示して説明し、第二次希望退職募集以後、今後四名の人員削減対策を実施したいとして整理解雇の可能性とその規模に触れて説明したことが認められるが、整理解雇の具体的な実施につき明確な意思表示を避けたまま四名の整理解雇に踏み切ったもので、希望退職募集後の整理解雇の有無・時期・方法、さらに受注台数の減少に伴う整理解雇の必要性につき分会の納得を得るため誠意をもって協議を尽くしたとまでは認めがたい。

5  まとめ

以上検討したところを総合すれば、被告は経営危機に直面して整理解雇をする必要性があったが、解雇回避努力を尽くしたことにつき疑問があるうえ、整理解雇の基準に合理性がなく、労働組合と整理解雇につき協議を尽くしたとは言い難いので、本件解雇は整理解雇の要件を欠き無効であると解するのが相当である。

6  将来の賃金請求について

原告木下は、本件解雇以降定年退職予定日までの賃金の支払を求めているが、被告の従業員たる地位にあることを確認する本判決確定の日より後に支払期日が到来する賃金の支払請求については、将来の給付を求める必要性を認めるべき特段の事情が認められないから、この部分に係る訴えは不適法なものとして却下すべきである。

三  争点1(二)(本件解雇は不当労働行為にあたるか。)について

(被告の不当労働行為意思について)

前記第二の一1、2、第三の一、二2で認定したとおり、原告木下が分会の分会長として積極的な組合活動をしていたこと、人員削減策としての希望退職募集期間が短期間であったり、本件解雇につき被告は分会に対し誠意をもって協議を尽くしたとは言い難いこと、整理解雇の基準につき、準社員と正社員を区別しなかったことに合理性がないこと、被告の黒字転換計画案の発表直後に一七名の組合員が原告組合を大量脱退したことが認められる。

しかし他方で、被告は、二期連続して大幅な赤字を計上していたところへ、売上比の約八ないし九割を占める主要取引先のタダノから、フレームの受注が半分に減らされた上、整理解雇直前にはさらに一割の受注減となり、経営の危機に立たされ、早急に人員削減をする必要性に迫られ、会社存立の危機と受け止めて人員削減策を実施したこと、被告は、二度にわたる希望退職募集を実施し、また、整理解雇による人員削減の人数の見直しを行う等一定の解雇回避努力を行っていること、出勤不良者という客観的合理的な基準に基づき原告木下を整理解雇の対象者としたこと、組合を脱退した従業員に対しても第二次希望退職募集時に退職勧奨をしていること、整理解雇の基準につき、準社員と正社員を区別しなかったことにつき、当時分会との間で準社員協定が締結され準社員が正社員となる道が残されており、その点をどのように考慮して解雇基準を設定するかにつき困難な一面もあったことが認められる。

右の各事情に加えて、二期連続して大幅な赤字を計上した経緯、それ以前には製造に大きく影響する労使紛争はなかったこと(証人津村忠彦)、その他本件に現われた諸般の事情を総合して考慮すると、被告が原告木下の正当な組合活動を嫌悪・敵視して本件解雇をしたとする不当労働行為意思を認めるに足りないというべきである。

そうすると、被告が本件解雇をしたことが不当労働行為にあたるということはできない。

四  争点2(準社員らの分会脱退は被告の分会脱退工作によるものか。)について

松川ら組合員六名が猪塚の自宅を訪問し、その後、一七名の組合員が連名で分会に脱退届を提出した経緯は、前記第二の一2(三)、第三の一1(五)、2(二)(2)のとおりである。これについて、原告らは、猪塚が松川らを自宅に呼び出し、組合を脱退すれば解雇されないなどと脱退を唆した旨主張するが、これに沿う証拠としては、「黒字転換計画発表前に、右脱退者の一人である柴野年弘から、右発表の一週間ほど前に猪塚の家に準社員が二名ほど呼ばれてやばいことを話されたと聞いたが、具体的内容については言ってくれなかった。右脱退後に、三名の組合員が、脱退者の一人であるDから、労働組合を脱退すると会社に残ることができる、ほかの者もそう言っていると聞いた。」旨の原告木下の本人尋問の結果のほかにみるべきものが存しない。しかるに、証人猪塚は脱退工作の事実を否定しており、さらに、前記第三の一3(三)(1)ウのとおり、脱退届(乙三七)記載の脱退者のうち、右脱退後、D、F、E及びGの四名は脱退届提出後に第二次希望退職募集時の退職勧奨を受けているから、原告木下の右供述を信用することはできず、他に被告による脱退工作の存在を認めるに足りる証拠はない。

五  結論

以上のとおり、原告木下の本件訴えのうち、本判決確定の日の翌日から平成二六年四月一日まで月額二〇万二〇〇三円の割合による賃金請求に係る部分を不適法として却下し、原告木下のその余の本訴請求のうち、被告の従業員たる地位の確認及び平成七年八月二〇日から本判決確定の日まで毎月二七日限り月額二〇万二〇〇三円の割合による賃金の支払を求める部分は理由があるので、右の限度で右請求を認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却し、原告組合の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官馬渕勉 裁判官橋本都月 裁判官廣瀬千恵)

別紙一 黒字転換計画骨子〈省略〉

別紙二 第1次希望退職者等一覧表・第2次希望退職者等一覧表〈省略〉

別紙三 退職者一覧表〈省略〉

別紙四 売上高等推移表・売上高、労務費比較表〈省略〉

別紙五  〃 〈省略〉

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